映画ブログ / 映画でなけりゃ!

スコアは5点満点。あくまで私見。

クリード チャンプを継ぐ男

★★★☆☆ 3.1点

ロッキー・グラジアーノという魅力的なイタリア系の実在のチャンピオンがいて、それが元ネタであることは間違いないにしろ、それに

息を吹き込んだのは正にスタローンだった。『ロッキー』は自分にとっては映画というより生活の一部、たとえば巨人ファンが巨人戦にチャンネルを合わすのと同じ感覚。だから、当然作品に期待というよりは、懐かしい仲間に会いに行くような感覚で観た。その目的は充分に達せられたものの、いま一つ燃えなかったのはやはり期待が大きかったということなのか。いや、そればかりではないだろう。シリーズが続けて製作される状況からしばらく年月が置かれると、その間に自分の中で過去の作品が「思い出」になり自分色に染め上げられてしまうからではないか。なのでどうでもいい部分に違和感を感じるようになってしまった。例えば、ジョンソンがロッキーのアドバイスを写メするシーンとそれについてのジョンソンの説明。意図はわかるが必要ない。世代の差を表現するなら他の方法もあるだろう。ビアンカや身近な人を切り捨てないあたりは、『ロッキー』の『セッション』とは違うところだと感じた。
自分は最近、『ハイキュー!!』が好きだが、なかでも烏野高校の引退した鵜飼老監督が気に入っている。そんな感じを勝手にロッキーに求めてしまっていたのかもしれない。

 

ロッキー・ザ・ファイナル

★★★☆☆ 3.6点

エイドリアンに始まり、エイドリアンに終わるくらい、歴代のロッキー映画はエイドリアンの存在感がスゴいのだが、なぜか本作ではレストランの名前がエイドリアンズで、最後もエイドリアンのお墓なのに、あまり印象に残らず、「とってつけた感」があった。

なぜ、ロッキーは今更ながら起ち上がったのか?
本人の『信念』のように台詞では語られるが、作品全体を俯瞰すると、違うテーマが見えてくる。
それは、若者たちに、正しい男の背中を見せなければならないという、老いを迎えつつある者の切実な想いだ。見せられるのも今しかない。バーの不良たちをいったんは見逃しつつも、思い直して、立ち向かっていった瞬間が変わり目だった。
ロッキーは、現チャンピオンと昔の知り合いの女性の息子、そして誰より我が子ジュニアに見せたかったのだ。

人生に立ち向かう真の男の背中を。

映画としては、リングに立つことを決めるまでは台詞もきいていてとても良かったし感動していたが、リングに上がってからラストまでが、ちょっとだけ気に入らなかった。

ちなみに同じようなテーマだと、
巨人の星』の星飛雄馬と父一徹との絡みのほうが凄く、子供心に感銘を受けてしまっていたので、点数がどうしても辛くなってしまった。

敵チームのコーチとなった父一徹によりコテンパンにやられて傷心した飛雄馬が、子供の頃育った長屋に夜こっそり戻ってみると、長屋は開発のため取り壊されつつあった。その時点で、飛雄馬は相当のショック。そこに奇跡的にまだ壊されていない自分の家があり、そこになんと一徹が帰っていたのだ。一徹は、飛雄馬が聞いているとは知らず、妻の遺影に向かって、自分の想いを淡々と語り始めるのだ・・・。

そういえば、5のときより、ジュニアがやたらイケメンになっていて、ちょいと違和感あり。

タイソン見れて、うれしい‼

レストラン、行きたいねo(^o^)o

 

 

ロッキー5/最後のドラマ

★★★★☆ 4.9点

やっぱり映画はタイミングだね。つくづくそう思った。映画館で観た時は感動しなかったのに、26年の時を経て再見したら、偉く感動してしまった!!それだけ、自分が作品中のロッキーが置かれている人生の状況に近づいてきたということなんだろうか。自分でも訳がわからない。息子のジュニアがイジメっ子を叩きのめした時、涙が出た。でも、本当の感動はラストに。(映画館で見たはずなのにラストどうなるかも覚えていなかった、ハハ)。後になって思い返してみると、映画館で見た時は、最後の戦いのシチュエーションに不満だった。そういうのを観たかったわけでないって。けど、今回観た時は、よくわかった。最後はああでなければならなかったんだ!!なぜなら、真の敵は、教え子のトミーでなく、プロモーターのデュークだからだ。

最近世間を再び騒がせているイスラム戦士たちが戦っているアメリカって、アメリカというよりアメリカの中の「デューク」が体現しているもののはずだ。そういう意味では、この5では普遍性のある大きなテーマが描かれていて、世界中が共感できる内容を含んでいる。

仕事には、その仕事それぞれに、単にお金を得る為の手段という意味合い以上の、男(あえて男と言わせてもらうが)をのめりこまさせる何物かがあり、そこに自己の存在意義や人生の意義を見出して、男は、特に一流の男ほど、その情熱と時間を賭けていくものだ。女性にとっては答えが簡単なものでも、男にとってはその「何物か」は、家族と計りにかけられないほど大事なものだったりする・・・。

まあ、そんなこんなで、ロッキーは色々なものを失いながら戦うが、本当に大事なものは失うことのない「人生の真のチャンピオン」なんだと思う。

ロッキー5 (字幕版)

ロッキー5 (字幕版)

 

 

ロッキー3

★★★☆☆ 3.9点 

この頃から、スタローン演じるロッキーの肉体からは脂肪がほとんどとれ、ボクサーらしい精悍な体つきになっている。(最初の頃、結構ぶよぶよだったよね)とにかく1、2と比べると、映画全体がカッコよくなっており、特に、映画の中で流れる eye of the tiger が効果的で、アポロもしきりにロッキーに「虎の目」を強調するので、映画そのものが eye of the tiger のプロモーション・ビデオではないかと思ってしまうくらい。

トレーニングシーンもカッコよく、スポーツジムで体を鍛えている時にモニターに流すのにはもってこいの映画だ。この傾向は、実はロッキー4になるともっと極まる。

映画は1と2が妻であるエイドリアンの存在が際立ったものだったが、3は(もちろんそういうシーンもあるが)ロッキーを囲む男たちの友情が中心のテーマになっている。トレーニング・コーチのミッキーとの師弟愛、アポロとのライバル関係をベースにした友情、そしてポーリーとの腐れ縁のような友情。どれもがロッキーという朴訥な男を形成する重要なファクターであり、彼自身が惹きつけた宝物なんだろう。

展開が読めても、ロッキーがタイトルを取り返した瞬間はしっかり感動できる。(^ ^)

ボクシング映画の金字塔と言いたいところだが、映画ではポール・ニューマンの 「Somebody up there like me.」が、漫画を含めれば、「矢吹丈」と「力石徹」「カーロス・リベラ」の友情の方が熱くて深い。

とはいえ、スタローン70歳か。長生きしてください。^_−☆

ロッキー3 (字幕版)

ロッキー3 (字幕版)

 

ロッキー2

★★★☆☆ 3.4点

再鑑賞して、改めて気付いたことは、これはボクシング映画ではない。『夫婦の愛の物語』であり、妻の理解を求める、素朴で誠実な男の物語である。ここでも男女の考え方の相違が描かれているが、スタローン演じるロッキーという男は、どんな場合でも妻であるエイドリアンを大切に思い、真摯に理解を求めていく。
1に続き、2でも最後に叫ぶのは妻の名前。ロッキーの頭のなかの最上位にはいつも妻のエイドリアンがいるのだ。女性はきっと皆、こんなふうに愛されたいのではないか。
つい最近観た『黒い十人の女』でもそうだったし。

妻の理解を求める映画ということでは、最近再再見した『フィールド・オブ・ドリーム』を思い出す。それにしても、エイドリアンはロッキーにはこんなに愛されてるのに、ゴッド・ファーザーでは真の愛になかなかめぐりあえないね(笑)。

ロッキー2 (字幕版)

ロッキー2 (字幕版)

 

ロッキー

★★★★☆ 4.0点

ボクトツな人柄といい、ありふれた日常のものを練習に活かす姿といい、とても日本人ウケする要素が多い。わびサビというか。それがしかもアメリカでヒットし、世界で愛されるシリーズになるとは!個人的には、ロッキーとエイドリアンの決してオシャレでないキスシーンが好き。俺的には、役者と区別する意味でのスターとは何かと考察する上で、スタローンと仮面ライダー1号藤岡弘がとても似て見えて興味深い。考えすぎか。(笑)

ロッキー (字幕版)

ロッキー (字幕版)

 

 

ゴッド・ファーザー PART 2

★★★★☆ 4.9点

デ・ニーロ演じるビト・コルレオーネが力強く小気味良くのしあがる姿と、アル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネが組織を維持するのに苦悩する姿とが対照的に描かれている。思わず、「マイケルよ、トムだけは最後まで信じるのだ!」と叫びたくなる。時代背景もあるが、デ・ニーロ演じる初代ドン・コルレオーネの家族や仲間に対する愛と信頼の深さに、リーダーとしての資質の差を感じてしまう。個人的には、デ・ニーロが町のチンピラの親玉を殺してから屋根伝いに仲間のところに戻るまでのシーンがお気に入り。またトムとフランクがローマ帝国の話をするシーンも何故か好き。長男フレドがマイケルの子供に釣りを教えている姿に一言では言えない何事かを感じた。フレド役の俳優は人間味ある弱さをとても上手に演じている。でもこの映画で知ったのは、移民たちにとってのアメリカという国の存在意義。自由の女神像にむける移民たちの希望の眼差し。