映画ブログ / ポール・ニューマン

ポール・ニューマンは自分にとって「神」であり、目指すべき「男の背中」だった。その名を決して霞ませてはならない・・・

名優ポール・ニューマン、ここにあり① 〜プロローグ〜

最近、樹木希林さんがお亡くなりになられ、その少し前には漫画家のさくらももこさんが亡くなられました。どちらも偉大な文化人であることには間違いありませんが、昨今は趣味の多様化のせいか、そういう場合であってもマスコミの取り上げかたが小さい。ニュースの合間に数分間とりあげられ、故人の作品が遠慮気味に放映されたりする程度で、自分なんかにしてみれば寂しい限りであります。

私が少年のころなんか、誰か有名人が亡くなろうものなら、それこそ複数の局で特番が組まれたり、深夜に故人の出演した映画を一週間くらい放映したりしていました。見たい番組がつぶれて、子供の自分からしてみれば、いい迷惑だったりしましたが、それでもそのお陰で自分の親やそれ以上の世代を知ることができ、とても見識が広がったという記憶があります。

そんな印象のなか、もうだいぶ前になりますが、かのマーロン・ブランドが他界し、そのときの報道はというと、故人の演劇史上・映画史上の功績からすれば、恐ろしくお粗末な程度。そしてそのニュースはどこか一社か二社のスポーツ紙の一面を飾った程度でした。(自分のコレクションの一つですが)

で、わが敬愛するポール・ニューマンが他界したときはというと、何をか云わんやです。もちろん、報道されましたし、取り上げられてもいます。しかし、明らかに足りない!!!!! 究極に。

 

これが、このブログを起ちあげた理由であります。(笑)

 

以下は、参考文献ポール・ニューマン アメリカン・ドリーマーの栄光』の序章のなかにある文章です。

 

ポール・ニューマンは)ジャズ・エイジと呼ばれた20年代に繁栄しつつあった郊外の住宅地に生まれ、太平洋で爆撃機に乗り、ぬくぬくとした教育の場から生き馬の目を抜くブロードウェイ、そして生放送のテレビへ。契約で守られたハリウッドの黄金の檻から、自分のプロダクションで監督をする自由へ。薄汚れてやかましく危険なプロ・レーサーの世界から、まじめくさり、由緒正しい慈善事業の殿堂に祭り上げられるまで。ポール・ニューマンの人生はアメリカの世紀の紋章だ。アメリカという国の最良の特質が、コンパクトに魅力的に織り交ぜられているのだ。

 

 ポール・ニューマンほど満ち足りて豊かな人生を送った人間は稀だ。彼が世を去って初めて、世間は彼がどれほど大きな存在だったかあらためて認識したようだ。俳優、レーサー、社会活動家、企業家、慈善事業家、良き家庭人。・・・・・ハリウッド的な大作には滅多に出演せず、数年ごとに新しい役柄に挑戦して自らのイメージを作り替えようと努力することによって、彼の出演歴には数多くの名作や名演が並ぶことになった。『傷だらけの栄光』『長く熱い夜』『左ききの拳銃』『熱いトタン屋根の猫』『栄光への脱出』『ハスラー』『動く標的』『暴力脱獄』『明日に向かって撃て!』『スティング』『タワーリング・インフェルノ』『アパッチ砦ブロンクス』『評決』『ハスラー2』『ブレイズ』『未来は今』『ノーバディーズ・フール』『ロード・トゥ・パーディション』・・・。これらは膨大な出演作のうちの賞賛に値すべきものの一部に過ぎない。自分に付与された先入観を断固として避けながら、同時に技術に磨きをかけ続けた一人の俳優の歩みだ。彼は最も偉大なアメリカ人俳優というわけではないし、同世代の中でもっとも偉大な俳優というわけでもない。だが彼は、ほぼ間違いなく、もっともアメリカ的な俳優だ。

 40代になってからレースを始めたニューマンは最初のうちは物好きな素人だと見なされていた。しかし、ブルドッグのごとき粘り強さによって、彼は驚くべき結果を残すこととなった。国内のアマチュア大会での優勝4回、プロのレースでの優勝2回、有名なル・マン24時間耐久レースで2位、そして70歳にしてデイトナの24時間レースで団体優勝し、公認のレースで優勝した最高齢記録を作った。チーム・オーナーとしてはより高度な競技に参加し、さらに大きな成功を収めた。国内でのタイトルが8つ、所属レーサーの優勝は107回。大変な数である。

 彼のニューマンズ・オウン・ファウンデーションは、食料品ビジネスの儲けから税金を引いた額を全て寄付に回し、誕生してから25年間で2500万ドルを恵まれない人々に分け与えることとなった。その死の数年前にニューマンは、会社株の自分の持ち分1200万ドル相当を、やはり慈善事業のために手放したのだ。

 

アメリカ男性のうちで、ポール・ニューマンになりたくないと思っているのは彼自身だけだろう」(記者ジム・マーレイ)

 

ポール・ニューマンは、頭の中では自分のことをポール・ニューマンだとは思ってないんじゃないのか」(脚本家ウィリアム・ゴールドマン

 

「もっとも難しい役はポール・ニューマンを演じることだよ。・・・私は自分の墓石に刻んでほしいんだ。私は時代の一部であった、とね」ポール・ニューマン

 

参考文献:「ポール・ニューマン アメリカン・ドリーマーの栄光」↓

ポール・ニューマン アメリカン・ドリーマーの栄光

ポール・ニューマン アメリカン・ドリーマーの栄光