映画ブログ / ポール・ニューマン

ポール・ニューマンは自分にとって「神」であり、目指すべき「男の背中」だった。その名を決して霞ませてはならない・・・

名優ポール・ニューマン、ここにあり② 〜少年時代〜

ポール・ニューマンは、オハイオ州クリーブランドのシェイカー・ハイツで少年時代を過ごした。父はアーサー・シグムンド・ニューマン。兄ジョーとともに兄弟で、スポーツ用品と電子機器を手広く扱う『ニューマン・スターン商会』を営んでいた。

ポール・ニューマン曰く、「父は驚くべき量の知識を駆使できる立志伝中の人物」。『ニューマン・スターン商会』は大いに成功していた。母テレサは物質的欲望に夢中なたちで、ニューマンに言わせれば、「ガレージに2台車を並べたがる」タイプだったようだ。この母テレサが、少年ポールに演劇への扉を開かせた。当時一流とされた劇団に、11才の少年ポールの手を引き、参加させたのだ。

「とても綺麗な男の子だったのよ。それほどの美しさを男の子に与えるのはもったいないくらいにね」テレサ・ニューマン)

今なら、ジャニーズに入れたがるミーハーのママと言ったところだろうか。(笑)

f:id:kemnpass:20181003025732j:plain

少年時代から青年時代にかけてのニューマンは、運動神経に恵まれず、スポーツマンになりたくてもなれない少年、しかし、フットボールがやりたくて仕方のない少年だったらしい。(スポーツ用品店の息子なのに残念・・・。)

父アーサー・ニューマンは厳格だった。一家は裕福だったが、彼は教育のため、息子たちに自分と同じ苦労をさせようとした。スポーツ用品店を営みながらも、ポールは10歳になるまで、野球のグローブを買ってもらえなかったし、実際、働きづくめだった。そんな父をポールは尊敬していて、父親の会社を継ぐ気でいた。しかし、寡黙な父とポールとの間には、お互い心の行き違いがあったようだ。そんなところは、ニューマン主演の『熱いトタン屋根の上の猫』をどことなく思い出すね。

それに対し、父アーサーの兄のジョー叔父はいつも明るく愉快で、ポール・ニューマンに様々な文学の話を面白、おかしくしてくれた。少年時代のポール・ニューマンは、紅茶片手に本を抱えて屋根裏部屋にこもることが多かった。

厳格な父に勤勉と謙虚さとを身につけさせられ、母親によって演劇の才能を見出され、叔父によって文学の素晴らしさを啓発された、少年ポール・ニューマン

う〜ん、悪くない環境だよ。やはり、彼言うところの『ニューマンズ・ラック』なるものを感じないでもない。

 

参考文献 ↓

ポール・ニューマン アメリカン・ドリーマーの栄光

ポール・ニューマン アメリカン・ドリーマーの栄光